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東京地方裁判所 平成9年(ワ)25224号 判決 2000年11月14日

原告

藤井武司

右訴訟代理人弁護士

斉藤豊

引受参加人

東日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

井上秀一

右代理人支配人

資宗克行

脱退被告

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

宮津純一郎

右引受参加人及び脱退被告訴訟代理人弁護士

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

渡邊岳

石渡一浩

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

引受参加人は,原告に対し,2200万円及びこれに対する平成9年12月2日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は,脱退被告及びその前身である日本電信電話公社の元従業員で引受参加人の従業員である原告が,脱退被告らから人事面において不当な取扱いを受け,上司から通常の業務命令の範囲を大きく逸脱した職務命令を受けたり,様々な嫌がらせを受けるなど,職場において極めて不当かつ非人間的な処遇を受けたとして,不法行為に基づく損害賠償の支払いを求めたものである。

二  前提事実(証拠を掲記した事実の外は,当事者間に争いがない。)

1  脱退被告は,日本国内における電気通信事業を経営すること及びこれに附帯する業務等を目的として設立された株式会社で,日本電信電話株式会社法附則2条により昭和60年4月1日の脱退被告の成立時に解散した日本電信電話公社(以下「公社」という。)の一切の権利義務を承継した。

脱退被告は,「日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律(平成9年法律第98号)」に基づき,平成11年7月1日引受参加人に対し営業譲渡を行い,損害賠償債務が存在するならば脱退被告に代わって引受参加人が損害賠償債務を引き受けることとされている。

2  原告は,昭和42年3月に四国学院大学文学部英文学科を卒業し,同年4月に公社に見習社員として雇用された後,次のとおりの公社及び脱退被告での所属を経て,引受参加人に勤務している従業員である。

昭和42年4月1日 東京電話番号案内局庶務課,見習社員として雇用

昭和42年8月1日 東京電話番号案内局第二運用部サービス管理課,社員に採用

昭和43年6月1日 東京電話番号案内局調査課

昭和45年10月1日 東京電話番号案内局業務部監査課

昭和59年10月1日 東京電話番号案内局業務部管理課

昭和62年2月10日 東京電話番号案内局業務部企画課

昭和63年2月9日 東京電話番号案内局情報営業部企画課

平成元年4月1日 東京情報案内虎ノ門センタ情報営業部企画課

平成元年7月24日 東京情報案内センタ第二情報販売推進部

平成2年7月31日 東京情報案内センタ情報販売推進部

平成5年7月19日 東京情報案内事業部情報販売推進部

平成7年3月1日 東京情報案内事業部ハローダイヤル営業部

なお,原告が採用された当時の東京電話番号案内局は,都内における電話番号案内業務を担当する部局であり,3つの運用部と6つの課があったが,その後,東京情報案内センタ,さらに東京情報案内事業部と名称が変更された。

3  原告は,平成元年7月に東京情報案内センタ第二情報販売推進部に異動し,架電者が電話料金を負担しない事業者向けのサービス業務であるフリーダイヤルの業務担当となった。

4  原告は,平成6年1月6日に,電話加入権者のうち特定の登録業者を募集して登録料を徴収し,一般顧客からの問い合せに応じて登録業者のサービス内容を紹介し,顧客の要望に合致する登録業者を検索して紹介するという番号案内サービス業務であるハローダイヤルの業務担当に配置換えとなり,その後,平成7年3月の組織替えにより東京情報案内事業部情報販売推進部からハローダイヤル営業部の所属に変更となった。

二(ママ) 争点

1  原告に対する不法行為の成否

2  損害賠償請求権の消滅時効の成否

三(ママ) 争点に関する当事者双方の主張

1  原告に対する不法行為の成否について

(一) 原告

(1) 原告は,平成4年3月に,自己に対する人事上の扱いの不当性並びに東京情報案内センタ及びフリーダイヤル業務の業務改革の必要性等について上司に上申したことを理由として,これ以降上司らから通常の業務命令の範囲を大きく逸脱した職務命令を受けたり,上司らから様々な嫌がらせを受けるなど,平成4年3月以降,次のとおり職場において原告の人格権を無視した極めて不当かつ非人間的な,違法な扱いを受けた。

(ア) フリーダイヤル業務における成松課長の不当な扱い

原告が,平成元年7月に東京情報案内センタのフリーダイヤル担当となり,フリーダイヤル登録番号の登録業務を担当し,全国の各支店担当者からの問合せに応じ,その仕事ぶりにより,全国の担当者から信頼を得て,フリーダイヤル担当としてそれまでにない成果を上げるまでになった。

原告は,その担当業務を通じて,従来のフリーダイヤル登録業務の問題点を認識し,その改善案等を積極的に上司に上申したが,このような原告の積極的な姿勢を快く思わなかった直属上司の成松興平情報販売推進部フリーダイヤル担当課長(以下「成松課長」という。)は,原告に対し,仕事上明らかな差別的扱いをするようになった。

すなわち,フリーダイヤル担当者のうち原告のみが,番号登録用のコンピューター端末を操作することを禁じられ,また他の担当者は自由に残業をし,その残業代が恒常的に基本給の増額分として生活を支えるという給与支給実態があったにもかかわらず,原告のみ残業が禁じられた。また,原告の業務改善の意見具申に対して同課長は,「文句があるならセンタ長に直訴すればいい。」と言って,これをまったく聞かないという態度に出た。

(イ) センター長に対する申入れに対する矢吹部長及び成松課長の嫌がらせ

原告は,平成3年7月29日に,前田健治東京情報案内センタ次長(以下「前田次長」という。)に,成松課長の右対応に対して善処するよう上申したが,これに対する答えがなかったため,やむを得ず平成4年3月24日に,東京情報案内センタの最高責任者である山森隆俊東京情報案内センタ長(平成5年の名称変更後は東京情報案内事業部長。以下「山森事業部長」という。)に対し,「質問書状」と題し,昭和42年4月の入社以来の原告に対する人事面での不当な差別的取り扱いの理由の説明を含め,成松課長の原告に対する対応の問題について釈明を求める文書を作成し,郵便で回答を申し入れたところ,右申入れ後,それまでも継続的に続いていた原告に対する上司の嫌がらせ行為は質的に変化し,より陰湿なものとなった。

<1> 質問状を発送した直後の平成4年4月には,矢吹信二販売推進部長(以下「矢吹部長」という。)が,右申入れを山森事業部長がとても不快に思っていると原告にわざわざ告げに来て,原告にそのような質問をしたこと自体が不当であるかのように圧力をかけた。

<2> フリーダイヤル業務については,番号の登録・管理業務に関する人的・物的な不備が多く,全国の各支店等のフリーダイヤル担当者からセンタの原告ら担当者に対し少なからず苦情が寄せられていたため,原告は,支店等の担当者の切迫した要望を受け,平成4年10月ころ,地方のフリーダイヤル担当者と相談して,支店等のフリーダイヤル担当者がセンタのフリーダイヤル業務の問題点について意見・要望を持ち寄り,これをセンタに提出するという形で,センタでの業務の改善を試みることを考えた。そしてその前提として,原告と協力関係にあった九州支社等のフリーダイヤル担当者が全国の各支店のフリーダイヤル担当者との間で,東京情案センタへの意見・要望を聴取するアンケート調査を行うこととなった。ところが,このアンケート実施の動きが成松課長の目にとまり,原告が関係していることを察知した同課長は激怒し,これがきっかけとなって,同課長は,平成4年11月28日に,原告に対して,「全国(の脱退被告の支店)の担当者から総スカンを食らうようにしてやる。」,「今日から仕事をすることを禁止する。」,「指名電話も一切取り次がない。」「会社に居られないようにしてやる。」などと,暴言を吐いて,原告を脅迫した。

<3> また翌日の11月29日には,右成松課長の直属の上長である矢吹部長が,「私が命令を許可したので,成松課長が行う命令に従えなければ会社を辞めてくれ。」,「とにかく仕事をすることを一切禁止する。仕事について考えることも禁ずる。」との暴言を吐き,原告がこれに対して,思考することまで禁止するのかと問うと,これを肯定した上,以上の命令は正式な業務命令権の行使である旨を告げた。同部長は更に,原告がフリーダイヤル担当の部屋へ入室し,会社にある仕事関係の資料等を見ることも一切禁止し,職場の電話機やOA機器などに一切触れることも禁止した。

右業務命令は,原告がハローダイヤル担当へ配置替えになる平成6年1月5日までの間解除されることはなかった。このため,原告は,平成4年11月29日から約1年1か月の間,出社しても一切の仕事をすることを禁じられ,また担当部署の部屋に入室することもできないという異常な状態に置かれ,勤務時間中は,主にアルバイトの女性が使用するために設けられた休憩室で終日座っているしかないという過酷な処遇に耐えつづけなければならなかった。

なお,原告が休憩室にいた理由は,成松課長らからフリーダイヤル担当の部屋への入室を禁じられた際,自分はどこにいれば良いのかと同課長に聞いたところ,同課長が「休憩室にいればいい。」と答えたことによるものである。

<4> 原告は,アンケート実施の件の発覚後,成松課長から,原告が支店等のフリーダイヤル担当者とどのような話をしていたかを文書でまとめて報告するよう命じられ,その報告文書をワープロで作成したことがあつ(ママ)たが,フリーダイヤル担当の部屋である6階の機械の使用が許されなかったため,わざわざ8階にある各課の共用のワープロを使用せざるを得なかった。

原告は,この仕事禁止,入室禁止の命令以降,成松課長らの指示により,センタ情報販売部内にある親睦会(新年会,忘年会,旅行,日常のお茶代の徴収,課員の慶弔関係の処理等を行う全員参加の任意組織)からも完全に排除された。原告は,後日部員の訴外田野量子から原告が積み立てあ(ママ)った親睦会の会費を返され,以後親睦会が開催する催し等には声をかけてもらえないという状況に置かれた。また,部内で部員の回覧に供される文書は,通常回覧版を順次まわして文書を読んだ各部員が印を押す扱いになっていたが,平成4年11月以降は,原告に回覧版がまわされたことは1回もなかった。

(ウ) ハローダイヤル改善具申に対する高橋部長,大崎部長及び山内課長らの嫌がらせ

原告は,平成6年1月6日に,東京情報案内事業部のハローダイヤル担当へと配置換えされ,しばらくの間は,ハローダイヤル担当の部屋の中に机を与えられていたが,具体的な業務に関与させられず,仕事を干されている状況に変化はなかった。

当時,脱退被告は,当時,ハローダイヤルのサービスについて,番号登録業者に対しては,新規顧客の拡大,最新情報のPR,効率的な集客が可能になるといった効果を上げることができるということで大々的に宣伝をしていたが,実態としては,ハローダイヤルは,そのサービス内容から必然的に紹介される登録業者の数が極めて限定されてしまうばかりでなく,問合せ自体の絶対数が少なかったため,登録してもすべての登録業者がサービスの恩恵を受けられることにはならず,登録業者の期待と実態がかけはなれたサービスとなっていた。このため,登録業者の解約も相次ぎ,登録業者数も問合せ数も増加せず,ハローダイヤル事業自体の再検討並びにサービス内容の改革,改善が必要と考えられていた。

また,原告は,フリーダイヤル担当からハローダイヤル担当に配置換えされる際に,山森事業部長本人から,ハローダイヤルを情報案内の3本柱の1つとして今後もやっていきたいので,力を発揮して欲しいと言われたことがあったため,山森事業部長の右発言を積極的に受け止め,配置換え以降,たびたび文書で,ハローダイヤル業務自体が有する本質的な問題点を指摘し,その改革・改善のための提案を同事業部長宛てに上申した。

<1> このような原告の態度に対して,当時ハローダイヤル業務を担当していた前田次長並びにその後任の高橋京子ハローダイヤル営業部長(以下「高橋部長」という。)をはじめとする原告の上司らは,原告が直属の上司を飛び超(ママ)えて業務内容について上申すること自体を快く思わず,山森事業部長への上申を握りつぶしたり,上申すること自体を禁止するという行動に出た上,原告がハローダイヤル業務について他の社員と会話することも禁じた。そして,この事実を原告が山森事業部長に直接訴えたところ,同事業部長も,前言を翻し,ハローダイヤル事業は何年も前からやっているので,今更改革はできないなど述(ママ)べた。

平成6年に高橋部長が着任した1週間後,原告は同部長に対して,山森事業部長宛ての「ハローダイヤルの問題点と改善案」を渡して,同事業部長に対して原告の意見を伝えてもらえるよう依頼したが,高橋部長は,「どうして私が渡さなきゃいけないのよ。知らないわよ。」と拒絶した。高橋部長は,これ以降も何回か,原告が作成した山森事業部長宛ての業務改善案の上申書を同事業部長に取り次ぐことを拒否した。

<2> 原告は,内部的に改革・改善ができないのであれば,ハローダイヤル事業の問題点を,東京情報案内事業部が属する脱退被告東京支社に訴える必要があるということを示唆し,また東京情報案内事業部の苦情処理委員会(労使の代表で構成される従業員からの苦情に対応する内部機関)へ訴えようとしたところ,同事業部阿部総務部長,高橋部長,原告の直属の上司である山内倫ハローダイヤル営業部販売担当課長(以下「山内課長」という。)らは,こもごも,東京支社や苦情処理委員会へ訴えたら原告のためにならないとか,会社に居られなくなるといって原告を脅迫した。

<3> 平成7年5月30日,高橋部長は,「山森事業部長はハローダイヤル(事業)を改善・改革する気はないから,もう案を作る必要はないので,今後一切山内課長の指示による作業だけするように。それ以外は禁止します。」と宣言し,業務命令により原告の言動を封じた。

ところが,山内課長は原告に仕事を与えず,原告に対し,「座って電話番だけしろ。」と命じた。しかしながら,ハローダイヤル担当にかかってくる業務電話は実際にはほとんどなかったため,原告は,以後は,ハローダイヤル担当においても,業務命令により,一切の仕事を外されることとなったのである。

<4> 平成8年4月24日には,山内課長は,電話を受ける仕事もないからという理由で,原告の机の上の電話機を取り外し,また同月27日には,原告が職場内で座っていた通常の机から作業机に移動して座るよう指示するなど,職場内で,明らかに原告が孤立しているということが,職場の誰の目にもわかるような状況を作り出した。

山内課長が指示した机は,職員が本来座る業務用の机の列の端にあり,コンピューターのプリンター(ドットインパクト方式)が置かれた台の裏側に位置し,プリンターから排出される連続紙が下に落ちないように置かれた囲いのある台のことであり,本来仕事をするために座る机ではなかった。また,この場所は,採光条件が極端に悪い上に,終日甲高い騒音を発するプリンターに面しており,到底長時間その前に座っていることができない場所であった。

<5> 平成8年8月8日には,たまたま昼休みの時間中に原告の父から急用の電話が職場にかかり,これに原告が出て話していたところ,山内課長は,仕事の話でないなら電話は使用禁止だという理由で強制的に話の途中で電話を切らせるという常識外れの嫌がらせを行なった。

<6> 平成8年9月4日,高橋部長の後任として就任した大崎治明ハローダイヤル営業部長(以下「大崎部長」という。)は,原告を個室に呼び出し,「仕事はさせない。」,「業務命令は継続する。」,「君とは話はしない。」,「嫌なら辞めろ。」などと述べ,原告に対する前任者の不当な扱いを継続することを就任直後に宣言した。

<7> 平成8年9月20日,大崎部長は,原告に対し,松下幸之助の本を読むことを命じ,「会社と宗教は同じだ。直とは他の社員の実態や部の現実をそのまま認めて,言われたことを批判せず,黙ってやることだ。意見を持つことはいけないということだけを本書で学んで欲しかった。君は直でない。」と述べ,原告に対する差別的扱いが,原告が脱退被告の事業を改善するために上司に具申する姿勢を理由とするものであることを認めた。

<8> 平成8年9月27日,大崎部長は,原告を再び前記個室に呼び出し,唐突に,自らの欠点を文書に書くよう強要した。原告がその趣旨について釈明を求めると,「ハローダイヤルはお客が了解して満足して契約しているのだ。」と関係のない答えをした。

<9> 平成8年10月7日,大崎部長と山内課長は,原告に対し,数十枚のハローダイヤルのチラシを3つ折にして封筒に入れるという単純作業を命じ,「これが会社のために汗をかいてもらうと私が言った仕事だ。これをやらないなら会社を辞めてもらう。」と述べて原告を恫喝したため,原告はやむなくこれに応じた。しかし,その後は,また原告をまったく仕事をさせない状態に置いた。

<10> 以上のように,原告がハローダイヤル担当となった後,大崎部長や山内課長が,仕事とは言えないような嫌がらせの仕事を命じた以外には,原告の上司らは,原告に対し,まともな仕事を一切与えようとせず,仕事をしないことが業務命令であると明言し,原告があたかもその職場に存在しないかのような状態においた。

原告は,前記のとおりハローダイヤルの職場において,座るべきまともな机を与えられなかったため,毎日定刻に職場に出勤しても,机に座ることもできず,やむを得ず終日喫煙室で立って過ごさざるを得なかった。

(2) 右(1)のとおり,原告は,平成4年11月28日以降は,ほとんど仕事らしい仕事を与えられずに放置されたばかりでなく,フリーダイヤル担当でありながら,その部屋への入室を禁じられたり,ハローダイヤル担当当時は,作業用の台の前に座るよう命じられたり,職場においてまったく居場所のない状態に置かれた。また,仕事をすることばかりでなく,仕事について考えることすら禁止され,電話・OA機器等の使用まで業務命令で禁止されるなど,脱退被告の職員であることを完全に否定するような業務命令を受けるという極めて非人間的な扱いを受け続けた。

原告は,公社に入社して以来,業務上の理由で処分等を受けたことはなく,以上のような不当な扱いを受ける合理的理由は一切存在しない。

これら原告に対する一連の行為は,脱退被告の業務に対し積極的に改善を提案し,その提案について消極的な上司らの姿勢を批判した原告をことさらに嫌った上司らが,原告に対して精神的苦痛を与え,自ら退職を余儀なくさせられるよう追い詰めることを目的として行った行為であることは明白である。

したがって,これらの業務命令とそれに伴う事実上の指示は,いずれも,職務上何らの合理性もなく,業務命令の形をとっているものも,雇用契約上許容される業務命令権の行使の合理的限度を大幅に逸脱し,原告の人格権を不当に侵害する違法な行為である。

脱退被告は,これら行為者の使用者として,業務の執行につきなされた以上の違法行為について責任を有する。

(3) 損害

(ア) 精神的損害2000万円

原告は,前記(1)の上司らによる不法行為によって,脱退被告の職員としてとして(ママ)稼働する喜びを断たれ,業務改善のために努力することを阻止され,脱退被告内で他の同僚と同様に昇進・昇格する途を閉ざされたばかりでなく,職場内でことさら孤立させられ,嫌がらせの対象となり,日々いたたまれない状態を強いられるなど,原告の人格・名誉・信用に対して重大な侵害を受け,これにより長期間にわたり継続して極めて深刻な精神的打撃を被り,その程度は最早限界に達するまでになった。これら不法行為による損害を慰謝するには,少なくとも2000万円の慰謝料の支払をもってするのが相当である。

(イ) 弁護士費用200万円

原告は,本件損害賠償請求訴訟を遂行するために本件原告代理人に訴訟行為の代理を委任し,着手金及び報酬金の支払につき東京弁護士会報酬会規によることとした。本件不法行為の違法性が重大であることに鑑み,脱退被告は,原告が本件原告代理人に支払う弁護士費用のうち,損害として少なくとも200万円を負担すべきである。

(4) よって,原告は,脱退被告の損害賠償債務を引き受けた引受参加人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,2200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 引受参加人

(1) 原告は,平成元年7月に,フリーダイヤル担当に異動した当初は,他の部員と同じくフリーダイヤルの番号選定,開通及び廃止といった一連のフリーダイヤルの番号管理業務に従事していたが,原告が,番号管理業務の基本的なルールを守らず,業務に必要な電話回線を使用しながらたびたび長電話をし,注意を受けても態度を改めず,フリーダイヤルの空き番号のうち,顧客に提示しても良いものかどうかの確認作業をせずに番号を提示したり,同じ番号を別の顧客に選定候補として重複して挙げてしまうなどのミスをして顧客に損失及び迷惑を与え,また,番号管理業務に使用していたパソコン操作を誤り,パソコンによる業務が停止してしまうなど,職場に混乱をきたすということが数回あったため,原告にはパソコンを使用しての番号管理業務を任せることができないとして,原告を操作業務から外したものである。

他方,原告は,当時第二情報販売推進部で実施していた毎朝約5分間のミーティングにほとんど出席せず,上司から何回となく注意を受けても変わらなかった。また,原告は勤務時間中に離席していることが多く,どこに行っているのかわからず,社員が原告を捜したときには,食堂でコーヒーを飲んでいたり,原告の担当業務と関係のない8階の経理や総務が共通して使用するワープロの机に向かい,ワープロ入力の業務がないのにもかかわらず,文書を作成したりしており,離席について上司から注意されても一向に改めなかった。

また,原告は,自分だけ残業を命じられなかったと主張しているが,残業は社員が自由に行うことができるものではなく,業務命令により行うものである。

(2) 原告は,平成3年半ばころから,パソコン操作を伴う作業から外れていたが,フリーダイヤルの担当者として,全国の支店等からの電話を取り次いだり,ファクスの仕訳等の日常業務に従事していたところ,平成4年11月26日に,脱退被告本社が所管するフリーダイヤル事業に関し,あたかも東京情案第二情報販売推進部が組織的に実施しているかのような誤解を招くおそれのあるアンケート調査を,何らの内部的な手続をとらずに無断で実施することに原告が関与していたことが発覚し,これ以上,原告をフリーダイヤルの業務に従事させることは,事務の支障をますます増大させることから,原告をフリーダイヤルの直接的業務から外すことにした。

そこで,同年11月27日に,成松課長から原告に対して,<1> 同日から受け付けの仕事はしなくて良いこと,<2> 電話のやりとりはしないこと,資料は扱わないこと,<3> 離席するときは,必ず,課長,主査の許可を得ること,<4> 休憩室では,仕事のことで電話をしないこと,<5> 同日からの仕事は,ワープロで,これまでに,原告が支店から受けた内容について覚えていることを作成し,報告することとの内容の指示を出し,原告もこれを了解した。

そして,平成5年になってからは,脱退被告は,原告に対し,報告書の作成,質疑応答集の作成,改善案のまとめ等の義(ママ)務を指示し,それ以外にも,再三,自席で通常業務に従事するよう指示していたが,原告は「そんなのは仕事ではない。」等と反論してこれらの指示に従わず,原告自らが業務を行わない事態を作り出していたのであり,脱退被告の対応に,何ら責められるべき点はない。

(3) 平成5年12月22日に,山森事業部長が,原告と面談を実施し,面談の中で,会社のルールを守ること,OAコーナーや休憩室でフラフラしないことを改めて注意したうえで,年明けの平成6年1月4日からは,ハローダイヤルの販売戦略の企画立案業務に従事するよう指示を出し,原告もこれを了解し,原告は,平成6年1月5日からハローダイヤルの企画担当の業務に従事するようになった。ところが,担当替え直後から,原告は,指示された業務を行おうとせず,注意されても従おうとしなかった。

そして,原告のハローダイヤルにおける業務については,前田次長の後任となる高橋部長が同年3月1日に着任し,前田次長が同年3月末に退職する前に,原告,前田次長及び高橋部長とハローダイヤル担当の課長及び主査らを交えて開催した会議の席で,引き続き,原告の行うべき業務が販売企画の立案業務であることを確認し,同年3月18日には,高橋部長から原告に対して,ハローダイヤルの事業についての企画案を提出するよう重ねて指示した。そして,原告は,同月25日に「ハローの事業について―再構築(役立つハロー)を目指して」と題する文書を提出したが,具体的な内容がないため,具体的なものにして同月31日までに提出するよう指示をしたが,再提出された文書も具体的な内容がなかった。

(4) 平成7年1月20日,山内課長が着任し,同年2月6日午前11時20分ころから,高橋部長と山内課長が原告と原告の業務に関し面談を実施したところ,原告は,東京情案の事業計画の立て方等について一方的な意見を述べ,改善案を提出できなかったことに関し,今までやろうとしてできなかったわけではない等と主張した。そこで,高橋部長から,原告に対して,原告の考えている問題点や提案を同月20日までにまとめて提出することを命じて面談は終了し,この日以降,高橋部長及び山内課長は,原告に対して,右面談以前からの課題であるハローダイヤルの改善案・企画書の提出を再三促したが,原告は,最終的に,企画書の作成ができないと高橋部長に告げ,企画書作成業務を放棄したものであって,高橋部長が業務命令により原告の言動を封じたとの原告の主張は虚偽である。

(5) 原告が,企画作成業務を放棄したことから,山内課長は,通常の業務として,原告に対しても,ハローダイヤルの他の課員と同様の日常業務に従事するよう指示をしたが,原告は自席につこうとせず,ついても,私用の長電話をかけるなどして,ハローダイヤルの業務をしようとせず,業務とは関係のないワープロを打ち,喫煙コーナー等でたばこを吸っていることがほとんどという状況であった。

しかも,原告は,課の朝礼にも出席せず,出席していてもそっぽを向いていたり,気が向かなければ途中で退席したりしており,業務上の連絡を聞こうとしなかった。さらに,隣席の社員の業務用の書類が原告の机の上に少しでもはみ出すと,ものすごい剣幕で怒鳴るなどしており,勤務時間中に,しばしば喫煙コーナーや食堂に行き,たばこを吸って時間をつぶしており,こういった原告の勤務態度について,高橋部長,山内課長らが何回注意しても改まらなかった。

原告は,ハローダイヤル担当当時においても,業務命令により一切の仕事を外された旨主張しているが,外されたのではなく,原告が自席に着こうとせず,終日喫煙コーナーその他の場所で過ごし,与えられた業務については,「仕事ではない」等と勝手に判断してこれに従事しようとしないのであって,業務を行わない状態を作り出しているのは原告自身であり,脱退被告の対応には何ら責められる点はなく,原告の訴えは失当である。

2  損害賠償請求権の消滅時効の成否について

(一) 引受参加人

原告が不法行為に該当すると主張する事実のうち,本件訴訟提起の日である平成9年11月25日から3年以上前の事実については,引受参加人が認否するまでもなく,すでに消滅時効が完成しているから,引受参加人はこれを援用する。本件訴訟において,引受参加人が時効援用権を行使することは何ら権利の濫用には当たらない。

(二) 原告

民法724条が定める3年間の消滅時効の起算点は,被害者が損害及び加害者を知ったときとされている。

ここで損害を知るとは,当該加害行為が違法行為であること及びそれによって損害が発生したことの両者を被害者が知ることを要すると解される。本件で原告が不法行為として特定して主張している行為は,外見上は業務命令の形式をとって行われているものがほとんどであり,事実上の行為としてその違法性を主張するものも,それが原告の上司らの原告に対する処遇と相まって違法行為の一部を構成するものとなるものである。原告が,自己に対するこれら一連の処遇が職場における「不当な扱い」の域を越え,違法行為として損害賠償の対象となることを明確に認識したのは,法律専門家のアドヴァイスを受けて本訴提起を決意するに至った段階であって,加害行為時にはそのような明確な認識を持つことはなかった。また違法行為の結果発生する慰謝料請求権についても,原告が職場における「不当な扱い」の結果生じていた精神的苦痛が不法行為の損害賠償の対象となるという明確な認識を有するに至ったのは同じく本訴提起を決意した時点である。

したがって,原告が本件訴訟で不法行為として特定する加害行為が発生した時点では,原告は,それらの加害行為が「違法行為」を構成し,かつ原告に生じていた精神的苦痛が法的に請求し得る「損害」であるとの明確な認識がなかったのであるから,それらの時点から時効が進行することはあり得ないのである。

また,民法715条による使用者の損害賠償責任と民法709条による被用者自身の損害賠償責任とは別個の債権であり,一方の時効の完成は他方に影響を及ぼさないから,加害者を知るという場合の加害者とは,民法715条の使用者の損害賠償責任については,被害者が損害の発生及び直接の加害者のみならず,使用者あるいは両者間の使用関係の存在をも知った時から時効が進行を開始する旨解すべきであり,原告が,本訴提起にあたり,上司ら個人ではなく雇用者である引受参加人を相手方としたのは,本件で問題とする加害行為について引受参加人が民法715条の使用者責任を負担すると明確に認識したからであるが,そのような認識に至るのは本訴提起を決意した時点であり,したがって,それ以前から時効が進行するということはあり得ない。

仮に原告の右主張が認められないとしても,本件訴訟は上司による部下に対する悪質ないじめ行為という脱退被告の従業員間に職務上生じた不法行為を問題とする訴訟であり,本来脱退被告はこれら双方の使用者として事態を把握し未然に違法行為を発生させないように努める雇用契約上,信義則上の義務を負っていたというべきであり,そのような立場にある脱退被告の承継人である引受参加人が時効を援用することは,援用権の濫用として許されないというべきである。

第三当裁判所の判断

一  原告に対する不法行為の成否について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば,以下の各事実が認められる。

(一) 原告は,昭和43年6月に東京電話番号案内局調査課に配属された後,「サービス日報」を作成配布する業務を担当し,東京電話番号案内局業務部においては,電話番号の問い合わせ数の集計管理と数量予測の業務を行い,その後所属部署等が変更となった後も,フリーダイヤル業務の担当になるまで,継続して「サービス日報」の作成業務を担当していた。

原告は,昭和49年ころから,肝臓病等により,通院加療を受けており,50年度から同56年度の出勤状況では,病休が多く,昭和51年から昭和54年までの間に,私傷病による定昇減額2回及び無断欠勤による定昇減額2回をそれぞれ受けた(<証拠略>)。

(二) 原告が東京情報案内センタのフリーダイヤル担当に配置換えになった平成元年当時,脱退被告では,第二情報販売推進部(以下「第二情販」という。)が,全国で使用されるフリーダイヤル番号を一括して管理しており,フリーダイヤルの番号管理はコンピューターで行われ,使用されていない番号の確認,開通,廃止等の手続きも端末操作により行われていた。

番号管理業務の基本的なルールとして,全国の顧客の公平を図るため,一度に提示できる番号は3つまで,顧客に提示した番号は決定するまでの間,他の顧客に提示しないよう保留にする,多くの人が希望する番号はあえて提示しない,廃止後の番号は一定期間使用しないといったことが決められていた。平成元年当時,フリーダイヤルは全国的に普及し始めた時期で,第二情販は多忙な状況であった。

(三) 原告は,平成元年7月に第二情販に配属となり,清水貢主査(以下「清水主査」という)の下で,フリーダイヤルの番号管理業務に従事していたが,原告は,他の社員が保留にしていた番号を支店等に提示し,その結果,番号の重複選定が生じたり,廃止後1年間は使用できないはずの番号を提示して顧客からの苦情を受けたことがあった。また,原告が,パソコンの使用が禁止されている時間帯にパソコンを操作したため,システムダウンを起こし,修復作業が終了するまで業務に支障をきたしたことがあったため,平成元年10月ころ,清水主査は,原告には,パソコンを使用しての業務から外れてもらうことにし,その旨を話した。

なお,原告は,平成元年7月にフリーダイヤルの担当となった直後からパソコン操作業務から外されていた旨主張するが,右主張は本件訴訟提起前に原告が作成した書面にも平成元年10月にパソコン業務から外された旨記載されていること(<証拠略>)に照らし,採用することができない。

(四) 原告は,パソコン操作業務から外れた後,清水主査の下で,フリーダイヤルの番号の開通・廃止等に関わる内部の伝票処理,開通・廃止の件数についての統計作成,支店等から送られてくるファクシミリの仕訳や電話によるファクシミリの受信確認等の業務を行っていた。

平成2年夏ころに,成松課長が原告の上司となった当時,原告は,すでにパソコンの操作から外れていたものの,フリーダイヤルで電話受付等の応対や引き続きファクシミリの仕訳等のパソコン入力以外の付帯業務に従事していた。このころ,原告は,電話で支店等とやりとりを行い,番号管理業務の一部に従事していたところ,3つ以上の侯(ママ)補番号を提示したり,特定の支店等の特定の社員と親しくするといった,番号管理業務のルール及び特定の支店等の担当者と親しくなることは番号管理業務の公平性を損なうとの禁止事項に反することがあった。

また,原告はフリーダイヤル担当のミーティングに出席した際,辺りを歩き回ったり,背を向けたりし,否定的な意見を述べるといったことがあった。

(五) 平成4年11月26日に,支社等のフリーダイヤル担当者から第二情販にアンケートについての問い合わせがあり,フリーダイヤルに関して,全国の支店等に,第二情販の担当者の勤務に関する評価等を内容とするアンケートの実施依頼がされている事実が発覚した。そこで成松課長が問合せのあったアンケートについて調べたところ,支店等は原告からアンケートの実施を依頼されたとのことであったため,原告に対し,アンケートへの関わりを問いただしたが,原告は,当時はアンケートについて支店から相談を受けただけであるとして関与を否定した。

しかし,支店等に聞き取り調査した結果,原告は支店等からアンケート調査の相談を受けただけではなく,むしろアンケートの実施に積極的に関与していることは明らかとなったが,原告が,アンケートの実施自体について,事前に第二情販の上司らに報告又は相談を行ったことはなかった。

(六) 平成4年11月27日,成松課長は,矢吹部長と相談の上,原告に対して,<1>フリーダイヤルの電話受付をしなくてよいこと,<2>電話のやりとりをせず,資料を取り扱わないこと,<3>離席するときは,必ず,課長,主査の許可を得ること,<4>休憩室では,仕事のことで電話をしないこと,<5>同日からの原告の仕事は,アンケートに関連し,原告が支店等から受けた内容をワープロでまとめて報告することを指示し,フリーダイヤルの番号管理業務から原告を外した。

なお,原告は,同日成松課長から,翌日には矢吹部長から,それぞれ暴言を吐かれた旨主張し,これに沿う原告作成の陳述書も存在するが,客観的な裏付けを欠き,採用することはできない。また,原告は,フリーダイヤル担当の部屋への入室も禁止されたと主張しているが,成松課長において「<3> 離席するときは,必ず,課長,主査の許可を得ること」との指示を行っており,入室を禁じた事実を認めるに足りる証拠はない。

(七) 平成5年4月5日には,石島課長が原告の上司になったが,石島課長が着任した当時,原告はフリーダイヤルの業務に従事しておらず,休憩室にいたりワープロコーナーにいたりしたため,石島課長は,原告に対し自席で作業するようにとの明示の指示を行ったが,原告はこれに応じなかった(<証拠略>)。

(八) 平成5年5月25日の前田次長と原告との面談において,原告はフリーダイヤル担当の部屋にいないことについて,フリーダイヤルの番号管理業務を見ては行(ママ)けないと言われたからあそこにはいられないと発言した。また,原告は,フリーダイヤルに関連して情報を集めており,Q&Aを作成したいと述べたため,前田次長は,原告に対し,廃止番号の有効利用と質疑応答集(Q&A)の作成を命じた。

同年7月2日の面談では,原告が日頃フリーダイヤルの仕事から外されたのは処分に該当し,処分が撤回されなければ指示には従わないと発言していたことから,前田次長は,原告に対し,処分ではないことを改めて説明した。

(九) 東京情案のフリーダイヤル担当には親睦会はなく,1人1人に回覧板を回す回覧は行っていなかった。また,フリーダイヤル担当社員の田野宣子は,給茶機の利用により不必要となったそれまでに徴収したお茶代を全担当者に均等に返還したことがあった。

(一〇) 平成6年1月に原告が同じ部署内でハローダイヤル担当に異動するに先立ち,平成5年12月末ころ,山森事業部長は原告と面談をした。これは原告が,過去にセンタ長宛てに提出した「質問書状」について回答を強く求めており,また,山森事業部長との面談を要望していたこと等から,面談の場を設けたものであった。

(一一) 原告は,ハローダイヤルの担当となった後,渋谷課長の指示により,平成6年1月10日付けで「IP解約状況の現状について」と題する書面(<証拠略>)を提出したものの,その後,私がハロー事業をお受けした行為は,私の誤った理解による前提に基づいたものであるかも知れません(<証拠略>),どうか,東京ハローダイヤルからに外して頂きたく願います(<証拠略>)等とするハローダイヤルの業務に就くことを否定するかのような書面を提出した。

(一二) 平成6年3月1日に高橋部長が着任した当時,前任者の前田次長が在籍しており,前田次長が退職する同年3月末までの1か月間,業務の引継等を行ったが,原告についての引継は,原告が常々自分は能力があり,皆と同じルーチン業務をする人間ではない,企画的な仕事がしたい等と発言していたことから,ハローダイヤルの業務担当に異動させ,原告の希望に沿うハローダイヤルの販売促進のための企画的な業務を担当させているというものであった。

(一三) 前田次長の退職前の平成6年3月に,前田次長,高橋部長及び課長らが原告の担当業務についてミーティングを実施し,原告の担当業務は,ハローダイヤルの登録事業者の販路を拡大するための企画を検討するものであることを確認した。

(一四) 右のミーティング後,原告は,「ハローの事業について―再構築(役立つハロー)を目指して」と題する書面等数通の書面を高橋部長に提出し,高橋部長において,コメントをするなどした(<証拠略>)。

(一五) 平成7年1月20日に,望月課長の後任の山内課長が着任し,高橋部長からは,山内課長に対し,原告については,高橋部長が自ら業務命令を出し,ハローダイヤルの販売に関する改善案を企画書として提出するよう指示しているとの説明があった。

(一六) 山内課長が原告の勤務状況を確認したところ,原告は勤務時間中に離席し,ワープロコーナーでたばこを吸つ(ママ)ていたり,私用の長電話をしていたりしていたが,平成7年1月30日に,原告は,山内課長に対し,「私は平成4年以来,業務に従事していない」等と記載した同月31日付けの書面を提出し(<証拠略>),さらに,同年2月6日,山内課長の机の上に「苦情処理委員会に申し立てを本日完了したく存じます。つきましては,申立て用紙を下さるよう願います」等と書いたメモを置き,重ねて山内課長に「いつくれるのか」と尋ねた(<証拠略>)。

(一七) そこで,高橋部長と山内課長は,原告の業務を再確認することとし,同日午前11時20分ころから原告の業務を再確認する面談を実施したが,その後,同年5月ころ,原告は,高橋部長の席に来て,ハローダイヤルの改善案についてはこれ以上はできないと述べたため,高橋部長は,原告に対し,企画書の作成は中止し,以後は直属の上長である山内課長の指示に従って業務をするようにとの指示をした。

なお,原告は,前田次長や高橋部長が山森事業部長への上申を握りつぶしたり,上申すること自体を禁止した旨主張するが,高橋部長は,山森事業部長に提出する業務上の必要の有無の判断に基づいて原告から提出された書面を取り扱っていたものと認められ,前田次長や高橋部長が本来山森部長に提出すべき上申書等を違法に手元にとどめた事実を認めるに足りる証拠はない。

(一八) 山内課長は,その後,原告に対し,ハローダイヤルの他の課員と同様の業務に従事するように指示していたが,原告は,自席につこうとせず,自席にいても私用の長電話をしているといった状況で,山内課長のファクスを送るようにとの指示も拒否した。

平成8年4月27日,ハローダイヤル担当を含む販売担当の7階のフロア全体のレイアウトが変更され,原告の机が移動された。原告は,隣席の社員の机に積んだ書類が自己の机に倒れそうになっているとして,隣の社員に怒ったり,何度も注意したことがあったため(<証拠略>),原告の机そのものは他の社員と同じ事務机であるが,隣席とのトラブルを避けるため,原告の机の周りを1メートル程度の高さのパーテーションで囲った。原告の机の反対側にはプリンターが置かれていたが,パーテーションにより,原告の机とは全く遮られた状態であった(<証拠略>)。

(一九) 平成8年4月24日,山内課長は,朝から喫煙コーナーでたばこを吸っていた原告に対し,席について電話に出るようにと注意したところ,原告はあまり電話がかかってこないと述べ,山内課長が席にいなければかかってくるかどうかわからない,席にいないのなら電話はいらないであろうと述べたところ,原告が当然であると返答したため,山内課長は,原告の席の電話機を取り外した。

その後,原告は,同年5月21日に,自席につかず,喫煙コーナーなどに出歩いていることに関し,山内課長に対し,電話がないから仕事ができないと述べたため,山内課長は原告の席に電話機をつけた。

(二〇) 平成8年8月1日,高橋部長の後任として大崎部長が着任したが,大崎部長は,ハローダイヤル営業部の担当者全員と面談を行い,原告とも同年9月4日1時間程度面談を行った。大崎部長は,面談の際,原告に対しても他の社員と同じように大崎部長が用意したレジュメを渡し,相互に自己紹介をした後,原告のハローダイヤルの仕事についての感想,意見等,これまでに取り組んだ仕事内容を聞き,これからの仕事についても尋ね,何の仕事でも汗をかき,与えられた仕事に対して一生懸命取り組む姿勢があるかどうかと尋ねたが,原告はこれに対しあると応答した。

大崎部長は,その後9月10日に,山内課長を交えて原告と話し合い,大崎部長自身が3年前に通信教育を受講した際に感銘を受けた本であると説明して,松下幸之助の著書「人間としての成功」を原告に渡し,1週間後に感想を聞くので良く読むように指示した。原告はその後,大崎部長に対し,「読み終わったので,何でも聞いて下さい」と述べ,また,大崎部長の求めに応じて感想文を書いた。

(二一) 平成8年10月7日,大崎部長は,原告に対してチラシを3折りにする作業を命じたが,右のチラシ折りと封筒に入れる作業は,日頃から他の社員がハローダイヤルの業務として行っていたものでありこの時は急ぎのため,山内課長から大崎部長にも手伝ってほしいと依頼があったところであった。原告は大崎部長の求めに対し,いったんは作業を拒否し,重ねて大崎部長が指示をすると「2,30分考えさせて下さい」と言って席に戻っ(ママ)り,30分後にさらに大崎部長が「やってくれますね」と言ったが,原告は「できませんよ」と述べて拒否した。

(二二) 原告は,平成8年8月9日,同月8日付け書面により,苦情処理委員会に苦情の申立てをし,その結果,苦情処理委員会は,3回の委員会を開催したが,同年8月29日,原告の申立ては理由がないとして却下された(<証拠略>)。苦情処理委員会は,脱退被告と脱退被告の従業員で構成する労働組合との協約に基づき労使同数の委員から構成される委員会であり,原告の上司らが関与することはなかった。

2  以上認定した事実及び前記前提事実に基づき,原告に対する不法行為の成否について判断する。

職場において,脱退被告が社員にどのような業務命令を行うかについては,その性質上原則として脱退被告の裁量的判断に委ねられているものというべきであるが,その内容が不合理なものであったり,社員の人格権を不当に侵害する態様のものである場合には,その業務命令は脱退被告の裁量の範囲を逸脱又は濫用し,社員の人格権を侵害するものとして,不法行為に該当するものというべきであるが,右裁量の逸脱,濫用の有無は,当該業務命令に至った経緯,目的,その態様等諸般の事情を考慮して判断すべきものと解するのが相当である。

そこでこれを本件についてみるに,原告がフリーダイヤル担当当時に,前記1認定のとおりの経緯で,パソコン業務から外され,さらに会社に無断で業務内容そのものに関するアンケートを独断で実施しようとしたことから,当該業務を行う職場の秩序を維持するため,フリーダイヤル業務から外されたことについては,いずれも職場秩序を維持し,職場全体としての業務の円滑な処理を確保するために必要な,職場管理上やむを得ない措置であったものと認められ,右は懲戒処分に該当するものでもなく,業務指示の内容等からしても,社会通念上相当な程度を超える過酷なものであるということはできないというべきである。

また,原告のハローダイヤル担当当時には,前記認定のとおり,脱退被告における原告の上司らは,原告の希望に沿う企画業務を担当させていたものであり,原告の主張するごとき違法な業務外しがされた事実を認めるに足りる証拠はない。

結局,脱退被告の原告の上司らが原告に対して行ってきた前記認定のとおりの各業務上の指示が,正当性を欠くものであるということはできず,これらの業務上の指示が,ことさらに原告に対して不利益を課するためにされたという違法,不当な目的でされたものであるとも認められないのであって,本件において,原告の上司らが原告に対して行った業務命令が違法なものであると認めることはできないというべきである。

また,原告が本件において不法行為に該当すると主張する前記認定事実以外の上司らの言動についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

二  以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判官 矢尾和子)

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